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大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)4233号 判決

原告

大阪梅田運送株式会社

被告

鈴木友之

主文

1  被告は原告に対し、三七万四八〇五円及びこれに対する昭和五六年六月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、これを二分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

4  この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  原告

1  被告は原告に対し、七四万九六一〇円及びこれに対する昭和五六年六月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張

一  請求原因

1  事故

(一) 日時 昭和五五年七月一五日午後〇時二〇分ころ

(二) 場所 浜松市篠ケ瀬町一一七七番地先道路

(三) 加害車 普通貸物自動車(浜松一一き八七六)

右運転者 被告

右保有者 原告

(四) 被害車

(1) 普通乗用自動車(浜松五五の二九一九、坂井悦子保有)

(2) 普通乗用自動車(浜松五六ぬ九九五二、川合多津子保有)

(3) 普通乗用自動車(浜松五六す六四三〇、伊村幸治保有)

(4) 普通乗用自動車(浜松五五に一四〇二、大村乃布夫保有)

(五) 態様 前記(五)(1)ないし(4)車が北行信号に従つて順次停止しているところへ、加害車が時速三〇キロメートルで右(4)車に追突して前に押し出し、右(3)ないし(1)車に順次玉突き追突させたもの

2  責任

被告は、本件事故につき脇見による前方不注視の過失があり、民法七〇九条の責任を負う。

3  損害 七四万九六一〇円

被告は、本件事故により、

(一) 原告保有の加害車のフロントバンパー他一〇点を破損(修理費用三万四二一〇円)

(二) 坂井悦子保有の前記1(四)(1)車のリヤバンパーDX他九点を破損(修理費用六万五四〇〇円)

(三) 川合多津子保有の前記1(四)(2)車のフロントバンパーX他三七点を破損(修理費用一五万円)

(四) 伊村幸治保有及び大村乃布夫保有の前記1(四)(3)及び(4)の各車を修復不可能な程度に破損(全額として右各車両の時価相当額として各二五万円)した。

4  原告による賠償

被告は原告の従業員として配送業務に従事し、その帰路本件事故を起こしたもので、原告は被告の使用者として、坂井悦子及び川合多津子に対し前記各修理費用を、伊村幸治及び大村乃布夫に対し前記各時価相当額をそれぞれ賠償した。

5  結論

よつて、原告は被告に対し、前記3(一)の損害金と前記4に基く前記3(二)ないし(四)の合計金額相当の求償債務との総額七四万九六一〇円並びにこれに対する訴状送達の翌日である昭和五六年六月二六日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2のうち、被告には本件事故につき前方不注視の過失のあつたことは認めるが、その余は争う。

3  同3は不知。

4  同4のうち、被告が原告の従業員として配送業務に従事し、その帰路本件事故を起こしたことは認め、その余は不知。

三  抗弁(信義則違反、権利の濫用)

原告はトラツク等の車両を保有して運送業務を営む会社で、被告ら運転手を雇用し、右業務に従事させて収益をあげており、その業務の性質上常に交通事故等の危険が随伴している。一方、被告は原告との雇用関係の下でその命令に従つて右業務に従事していたもので、原告に昭和五六年三月入社して以来本件事故まで勤務態度も真面目で優良運転手として経過してきた。ちなみに、被告が運転手として稼働したのは原告がはじめてである。また、本件事故についても前方不注意が原因であり、過失の程度も軽く態様としても悪質な点はない。

右のような事情からすれば、原告としては当然ながら任意保険等に加入し、本件のような事故に伴う損失の分散をはかるべきであり、直ちにその損失を被用者である被告に負担させることは許されないというべきである。ところが、原告は任意保険にも加入せずその手当を怠つて損失を蒙つたものである。従つて、信義則上その損失を被告に転稼することは許されないし、また、許されるとしても大幅な制限を受けてしかるべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁は争う。

本件事故は被告自身の一〇〇パーセントの過失で惹起したもので、被告は右事故によつて運転免許がなくなり、職場替えになると、給料が安い通勤が不便だ等との理由で無断欠勤を続け、挙句は、被害者を見舞いに行くからと偽つて原告から金を受けとり、その後は一度たりとも出勤せず連絡すらしなかつた。このような者に対し求償権が制限されるいわれはなく、原告は不心得な人物には法の許す限り責任を追及する。また、被告が右事故後も真面目に勤務したなら事故審査委員会(原告の使用者側と労働者側の代表で構成するもの)が認定した二〇万円の自己分担金ですまされていたもので、真面目な従業員を保護育成することは原告の最も望むところであり、従業員から求償することはない。

以上のように、本件は権利濫用論等による求償権の行使の制限の妥当しない事例である。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故

請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  責任

被告には本件事故につき前方不注視の過失があつたことは当事者間に争いがないので、被告は民法七〇九条の責を負う。

三  損害

証人竹下卓志の証言により成立の認められる甲第一ないし第六号証、成立に争いのない乙第一号証、証人竹下卓志の証言、弁論の全趣旨によれば、請求原因3の事実が認められ、右認定を左右する証拠はない。

四  原告による賠償

被告が原告の従業員として配送業務に従事し、その帰路本件事故を起こしたものであることは当事者間に争いがなく、前掲甲第一ないし第六号証、証人竹下卓志の証言、弁論の全趣旨によれば、原告は、被告の使用者として、坂井悦子及び川合多津子に対し前記三認定の各修理費用を、伊村幸治及び大村乃布夫に対し前記三認定の各時価相当額をそれぞれ賠償したことが認められ、右認定を左右する証拠はない。

してみると、原告は被告に対し、民法七一五条三項に基き、右認定の賠償額を求償することができる。

五  抗弁について

使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により、直接損害を被り又は使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被つた場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解すべきである(最判昭和五一年七月八日民集三〇巻七号六八九頁)。

証人竹下卓志の証言により成立の認められる甲第七号証の一ないし七、証人竹下卓志の証言、被告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、左のとおり認められる。

1  原告は、路線貨物運送を業とする株式会社で、従業員約七〇〇人(運転手約四五〇人)を擁し、業務用に大型、小型貨物自動車等約四五〇台の車両を保有していたが、右各車両に関し物損につき任意保険には加入していなかつたこと

2  被告は、本件事故の約四か月前の昭和五五年三月一七日原告に雇用され、運転手として浜松市内での集荷配送業務に従事していたもので、本件事故は、配送業務の帰路、前記のとおり前方不注視の過失により、先行車に玉突追突したものであること

3  被告は、本件事故当時、給料月額手取一五万円程度で、勤務態度も普通であつたところ、右事故により禁錮六月執行猶予三年に処せられたほか、運転免許取消の処分を受けたため、その後は作業員として荷物の積み降ろし等の業務に従事するよう原告から指示を受けたが、右作業員としての給料が運転手としての給料よりも手取りで約二万円程度減少し、そのうえ労使双方の構成員による会社内の事故審査委員会から、右事故による物損のうち二〇万円を被告において負担し、今後月々給料から二万円ずつ一〇回にわたつて差し引かれる旨告げられ、この二重の減収は病気の両親と妻子をかかえた被告には相当の打撃であり、また、自動車による通勤もできなくなり、通勤時間も長くなつたこと等から、原告方で勤務を続けてゆく意欲を喪失し、事故後まもなく無断欠勤を繰り返すようになり、同年九月二四日、給料未受領分を受けとつて以後全く出勤せず、その後他に就職したこと

以上のとおり認められ、右認定を左右する証拠はない。

右認定の原告の事業の内容、規模、対物保険未加入の事実、被告の業務の内容、勤続期間、従前の勤務態度、給与額、本件事故における過失の内容、右事故後の無断欠勤とその動機等の諸事実に照らすと、前記三の損害のうち、原告が被告に対して賠償及び求償を請求しうる範囲は、信義則上右損害額の二分の一を限度とすべきであり、これを超える部分は信義則に反し、許されないものというべきである。

六  よつて、原告の本訴請求は、被告に対し、前記損害金の二分の一である三七万四八〇五円及びこれに対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和五六年六月二六日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 矢延正平)

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